人間は実は煩悩まみれ。仮面をかぶりウソをついて生きています。欲望を隠しながら、その欲望に冒されないように生きています。しかし、その欲望も養分となるのです。
お釈迦さまは、人間の欲望をすべて取り除こうと考え、体を痛めつける苦行を続けました。しかし、このまま体を痛め続けても欲望がなくなる前に死んでしまうと考え、苦行をやめました。沸き起こる欲望は取り除くことはできない。だからこそ、その欲望といかに付き合っていくかが重要なのです。
本来、自分は自分本位であり、自己中心的に生きています。他人が自分のことを考えてくれることはあっても、それは一時的なものです。自分と他人が共存していくためには、もっと大きな欲を持つことが大切です。これこそ仏教の目指すところ。
汚い煩悩まみれの人間の心でも、その養分を吸ってきれいな花を咲かせる蓮の花のように、すべての人を魅了できる存在になれるのです。とてつもなく大きな名目ですが、これこそお釈迦さまの大義ですね
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